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答志島は、今もなお自然の素晴らしさと多くの歴史・文化を残しています。 街の喧騒を忘れて潮風に吹かれながらのんびり歩いてみませんか? |
豊かな恵みの海と素朴な自然に囲まれた 答志島は、どこか懐かしさ香る町並みが残る 活気あふれる漁師町です。 そこには今もあたたかな人々の生活が 息づいています。
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| 2月 |
八幡祭り(弓射ち神事)
「八幡」は島の守護神「八幡神社」。
島民の間では「神祭(じんさい)」と呼ぶ。
毎年旧暦1月17〜19日に行われる大漁祈願祭で、18日の弓射ち神事ではお的衆(おまとしゅう)と呼ばれる7人で構成された男たちによって運ばれた炭に向かって島民が飛び込み取り合う。迫力と緊張感あるお祭りです。

弓射ち神事の前後は演芸会、地元有志の芸居、歌、踊り、寸劇などを3日間通して町内公民館舞台で行います。(自由観覧)
田舎町、漁師町ならではの雰囲気が味わえ今や都会では見られない芸居や寸劇は必見!時代の逆流を感じてみるのもおすすめです。
←この祭の主役【お的衆】 |
| 7月第2土曜日 |
答志島の七夕祭(天王祭)は7月第2土曜日の一日限り。 豪快に飾り付けられた七夕飾りが浜を彩り、夜には民謡踊りが繰り広げられます。 |
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| @ 西行法師の歌碑 |
| 〜さきしまの小石の白を高波の答志の浜に打ち寄せてける〜 |
| B 柿本人麻呂の歌碑 |
〜釧著く答志の崎にけふもかも大宮人の玉藻刈る羅ん〜 (今日あたりも、答志の崎で大宮人たちが美しい藻を刈って遊んでいることでろうか) 志摩地方を訪れた持統天皇の様子を想像し詠んだとされている。 |
| C 八幡神社 |
答志島の守護神。
旧1月17〜19日には「神祭(じんさい)」が行われる。
島中の戸板や船などでみかける は、大漁・家内安全を祈願してのもの。 |
| D 美多羅志神社 |
| 子宝と縁結びの神。正月4日には獅子舞神事が行われる。 |
| E 潮音寺 |
西暦834年建立。平安・室町時代の仏像が安置されている。 九鬼嘉隆が関ケ原の戦いに敗れ隠れた場所でもある。 |
| F 岩屋山古墳・蟹穴古墳 |
| 17基の古墳が現存。岩屋山古墳は中に入ることができる。 |
| GH 首塚・胴塚 |
| 鳥羽城主で水軍の将として活躍した九鬼嘉隆が関ケ原の戦いで敗れ自刃した後、首は首塚に、胴部は胴塚に葬られた。 |
| J 答志スカイライン |
答志〜桃取までの山と海に囲まれた6キロのスカイライン。 鳥羽十景の一つ、鳥羽湾を一望できる山頂からの展望は絶景! 春には道々に咲き乱れる桜を眺めながらのハイキングがおすすめ。 |
| K 富士見の丘 遊歩道 |
2004年11月に完成したニュースポット。
喜久屋より徒歩約1分で太平洋を見渡す絶景ロケーション!
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| 天候がよければ日の出を眺めるのもおすすめ。遊歩道を入るとすぐに眺めのいいポイントに到着です。
太平洋はもちろん、伊良湖岬・三河の方までぐるりとパノラマ景色が広がり気分爽快!運が良ければ前方に富士山が見えることもあります。
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そのまま遊歩道を歩き続けると、石塚古墳の方まで抜けることができます。(徒歩で約40分) 整備されてはいますが山道ですので、運動しやすい服装で歩きましょう。
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答志島の寝屋子(ねやこ)制度 |
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答志島には、日本でただ一カ所残されている寝屋子制度と呼ばれるものがある。
およそ百年以上前から続いているこの制度は、海賊大名である九鬼嘉隆が舟の漕ぎ手をいざという時に集めるためだったという説もある。
漁業を生業とする答志島では、中学校を卒業した男子は五・六人ほどの仲間で寝屋親の家の一部屋を借りて家族同様に寝泊まりをさせてもらう。これは仲間の一人が結婚して解散するまで続く。
その家を「寝屋子」、その子供達を「寝屋子の子供」、その家の親を「寝屋親」という。この寝屋子では漁業の知識や技術をはじめとして日常の悩みなど様々なことがらを話し互いの絆を深めていく。こうして一度組まれた寝屋子の者同士の付き合いは生涯親交を結んで生活していくことになる。
答志島に今もなお残るこの制度が活気に満ちた漁師町を作り上げているのだといえよう。
⇒広報・鳥羽の「寝屋子」特集全文を見る
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